ご創業当時はどのような事業を行っていたのですか。
バブルが弾けたばかりでしたので、周りから大反対される中での起業でした。営業経験はありませんし、人的なコネクションもないだろうと心配をかけました。 展望としては、将来的にニューロコンピューティング分野に展開していきたい思いがある一方で、当時、Appleから退いていたスティーブ・ジョブズ氏が開発した『NeXT(ネクスト)』というコンピュータを掲げたビジネスにも関心がありました。現在も、MacやiPhoneの中では、『NeXT』時代の仕組みが動いています。それぐらい先進的なコンピュータでしたので、これでビジネスができないかと考えていました。ただ、あまり仕事はなく、大阪大学に『NeXT』が何百台か入った関係で、関西の国立大学を中心に、小さな仕事を請け負っていました。 ターニングポイントは、1993年。インターネットの商用利用開始です。それまで、日本では『JUNET』という大学のネットワークがあり、そのネットワークを通して、研究成果等の情報が入ってきていました。「グローバルネットワークってすごい」と思っていたら、インターネットの商用利用が開始されました。そこで「“インターネットをいかに活用しやすくするか”にフォーカスする」と宣言して、インターネット関連事業をスタートしたのです。 当時から当社が得意としていたのが認証技術とデータベース技術です。アメリカではWebページの後ろにデータベースがあり、そこから情報を引き出してダイナミックにページを作ることが既に生まれていました。日本では全くありませんでしたが、我々はできましたので、当時立ち上がった転職サイトや有名企業から、沢山のオファーを頂きました。当社は関西で2番目にホームページを立ち上げた会社で、業界紙や商工会議所等から連日取材を受ける等、注目も浴びていました。 そういった経験から、営業力はなくても技術力さえあればビジネスは上手くいくし、面白いことができる。そう考えて、様々なチャレンジをしてきました。
認証サーバに注力するようになった経緯をお話しください。
当社が認証サーバに注力し始めたのは、2000年頃です。その直前には、EAPというRADIUSを使ったWi-Fi認証の規格が決まり、その規格に沿った認証システムを世界で初めて製品化しました。規格を作った本家に先んじた動きでしたので、その頃は引く手あまたでした。 しかし、それまでは多種多様のプロダクトを手掛けました。1990年代前半は、インターネットの事業を立ち上げること自体が、チャレンジングなことでした。しかしそれが注目されて、余力もありましたので、面白いことをやりたい人間が集まってきました。働き方も自由で、夕方に出社して、朝帰宅するような社員もいましたし、一晩中みんなでパズルを考える等、遊び心のある会社でした。だからといって決してブラックな会社ではありませんでした。当社は、当時から定着率も高いです。 最初に製品として発表したのは、今では当たり前となったPPP(Point-to-Point Protocol)の通信方式を使ったネットワークに入るための仕組みです。また、当時はまだメインフレーム上でいろいろなものが動いていましたので、メインフレームの情報資産にWebでアクセスできるツールを開発し、保険会社等にも採用していただきました。認証というより、ネットワークに遠くからどう繋げるかをテーマに製品を開発していました。 ただ、年々企業としての地盤を築きたいという思いが、私や他のメンバーにも芽生えていって、2000年頃から認証システムにフォーカスするようになりました。大手通信事業者との取引も始まり、それ以来、当社の売上の中軸を担ってきました。 おかげさまで安定した事業基盤が築けましたが、5Gの時代になって大手キャリアは、グローバルスタンダードに舵を切っています。RADIUS認証サーバがなくなることはありませんが、改めて新しいビジネスモデルを構築しなければならない時期を迎えています。
既にOne-Tenth Challenge(以下、OTC)プロジェクトやオフィス移転等、様々な施策に取り組んでおられますね。
これらの取り組みを行う前に、一昨年(2021年)の全社会議で私は次のようなことを話しました。 今、日本の国際競争力は35位ぐらいです。2000年頃までは世界1位を走っていました。この間、IT業界では、日本独特の多重下請け構造が当たり前となり、チャレンジ精神が失われました。それは私達も同様です。2000年頃まで、私達は様々なチャレンジをしてきました。もちろん失敗したものもあります。2000年以降もチャレンジをしてこなかったわけではありませんが、現在の中核事業はそれ以前に築いたものです。 このような話をした上で、昨年はオフィスを移転し、OTCプロジェクトを立ち上げました。 さらに今年、私が社員に対して発信したメッセージは“Out Of The Box”です。既成概念を排除するような考え方をしてくれというメッセージです。“クリエイティブシンキング”という言葉もありますが、AIにはできないことを、人間がやらなければいけないということにも繋がります。垂直思考による論理的な考え方だけではなく、より広い視野を持ってやらなければAIに負けてしまいます。 これに加えて、私の中で今後重要になってくると考えているのは“セレンディピティ(Serendipity)”です。“思わぬものを偶然に発見する才能”という意味です。“Out Of The Box”と基本的には同じです。これからは、むしろ水平思考の方が重要になってくるかもしれません。 これまでは企画営業部と研究開発部との関係もそうですが、開発チームの中でも、各セクションで役割が決まってしまっていました。そのため業務と関係のない会話が生まれる機会は限られていました。一見、無駄と思われるようなコミュニケーションを取る中で築けることは沢山あるはずです。新しいオフィスで、コミュニケーションエリアを作ったのはそのためです。チームが異なる人と会話する機会を増やし、その中で湧き出てくるものを拾い上げてくれることを期待しています。
マーケットインでサービスを開発するとのことですが、具体的にはどのようなものをイメージされていますか。
サービスや製品を開発する上で、私は「ニーズ」をあまり重要視していません。それよりも「ウォンツ」を重視しています。それはスティーブ・ジョブズ氏のような天才ではない限り見つけられないのかもしれません。しかし「ニーズ」ばかり追いかけていると御用聞きになってしまいます。既に顕在化している「ニーズ」ではなく、潜在的な「ウォンツ」、その人にとって本当に必要なものは何かを考えて提供することが私のポリシーです。そのポリシーに基づいたサービス作りが、今後は求められます。 具体的には様々なパターンがあると思います。簡単にはいかないと思いますが、現在、OTCプロジェクトで動いている三つのテーマのうち、最も実現しやすいのは5GCです。ローカル5Gで、ある自治体が地域住民や観光客のための5Gのサービスを提供する際に、簡単に5Gのネットワークが提供できる。それぐらいのレベルのサービスです。 これまで既存事業とは関連性のない分野で先進技術を駆使し、いくつかのチャレンジをしてきましたが、「時代がまだ追い付いていない」「マネタイズが難しい」等、様々な理由で頓挫してきた経験があります。そういった教訓を生かし、実現可能なところから成功体験を積み上げていきたいと考えています。
最後に、社長が現在注目している技術領域を教えてください。
最近、私が注目しているのは生成AI系です。 生成AIが出てきた際、ライフゲーム(Conway's Game of Life)のプログラムを組めるかと聞くと、いとも簡単に組んでくれたのです。Chromeのブラウザの上で、「ライフゲームのシミュレーターで動かせるか」と聞いたら、「できますよ。こうすればいいです」と簡単に作ってくれた。それが動くのを見た時はすごい時代になったと思いました。 ライフゲームとは、非常にシンプルなルールのゲームです。セル・オートマトンという数学理論の1形態で、プログラムしてやるとグラフィカルに、あたかもそこで生き物が成長しているような動きを見せられます。 私は大学で進化学を研究していたのですが、生物進化の次に興味を持ったのが、知能の進化や情報の進化でした。そこでライフゲームにも関心を持ち、それをやりたいがためにコンピュータを買い、自分でプログラムを組むようになりました。私の学生時代は、パソコンが出始めた時代です。親からお金を借りてコンピュータを買いました。 カチャカチャとキーボードを叩いてプログラミングをする時代にコンピュータを知って、この業界に入りましたが、今は生成AIが出てきて、一つの大きなゲームチェンジが起こっている。そう感じて非常にワクワクしました。 だから私もその流れに乗っていきたいと思っています。別に生成AIを作りたいわけではありません。しかし、生成AIを使ってともかく面白いことをやれば良いわけでもありません。これだけ環境が変わったのだから、人間の方も変わるべきです。当社も変わらなければなりません。