どのような想いで創業を?
「システム開発をビルの建築になぞらえると、私たちは『元請け』の案件しかやりません。たとえ小さなビルでも、自分たちがお客様から直接話を聴き、その想いを形にしていく設計段階から入るのです」 株式会社ディマージシェアの、創業からの変わらぬ想いだ。 社長の大内慎が同社を立ち上げたのは1999年。以来、SI(システムインテグレーション)をベースに、常に新しい自社製品やサービスを創り続けてきた。 IT業界は、建設業界のような「ピラミッド構造」だと言われる。大手がクライアントから請けた仕事を2次請け 、3次請け、4次請けと下ろしていく仕組みだ。そうした業界にあって、ディマージシェアは下請けではなくクライアントから直にオーダーを受けてシステム開発を行う。 創業当初から、大内は異業種の経営者と積極的に交流し、自分たちの技術力をアピールした。また、夜間や週末のプライベートの時間を割いて、自社製品となるモバイルサービスの開発に勤しみ、雑誌などさまざまな媒体に掲載して営業を仕掛けた。 一般的にSI企業の経営者はエンジニア出身が多く、営業力が弱い傾向が見られる。下請け、孫請けで開発の仕事をもらうのが当然という業界の在り方に、大内は疑問を持った。その業界の常識に甘んじる気はまったくなかったのだ。 「IT企業で技術力があるのは当たり前。その技術力をどのように『価値』に変換するかがポイントだと思うのです。キーワードは『攻めのIT』。当社のデジタルクラウド製品の『admage(アドマージ)』は、お客様のビジネスの収益性を高めることに特化しています。単なる業務効率化やコスト削減ではなく、私たちの『admage』を活用した新しい事業を共に創ることで、お客様のビジネスの発展に貢献しているのです」 「業界の通例とは真逆のことをして、とんがってきた」という大内。常に自分を取り巻く世界を俯瞰して捉える、いわば「門外漢」の視点を持っていたことが、現在の成長につながったようだ。 採用する人材も、理系人材やIT業界経験者に限る必要はないと考えた。成長する意欲がある人材であれば、文系出身者や未経験者も数多く採用している。 入社者は3ヵ月間の研修を通じ、プログラムやインフラ、データベースなどの基礎知識をしっかりと身に付ける。さらに、早い段階から先輩社員や上司に同行して、クライアントとの打ち合わせにも参加する。 「お客様の価値観や目的を主体的に考え、形にする機会を持つことが大事だと考えています。システムはあくまでも手段。お客様のニーズをつかみ、自分の手で実現させる力を身に付ければ、仕事はぐんとおもしろくなるはずですから」 技術力を高める一方で、ビジネスセンスを養う研修も積極的に取り入れている。クライアントから、製品のみならずエンジニアのコミュニケーション能力を褒められる機会が多いのは、こうした教育体制の成果だと大内は自負している。
ディマージシェア設立のきっかけは?
高校時代はバンドやアルバイトに明け暮れたという大内。卒業後は情報処理の専門学校に進学した。当時、パソコンは一般に普及しておらず、「周りはコンピュータオタクだらけでカルチャーショックを受けた」と言う。それでも2年間、必死に勉強してSIベンダーに就職。大規模な基幹システムを手掛ける花形部署でも経験を積んだ。 3年後、「最先端の技術力を身に付けたい」という想いが強くなり、ITベンチャーに転職。それが一つの転機となった。 「小さな会社だったので、社長の営業にも同行しました。そこで経営者の華やかな世界を知りました。同じ時期に、以前いた会社の先輩が独立したという噂を聞いて会いに行ったのです。この2人の起業家と接点を持ったことが、自分も『社長になりたい』という夢を持つきっかけとなりました」 高校時代から多種多様な人と交友関係を結んでいた。エンジニアになっても、クライアントとの交流が何より楽しかった。コミュニケーション能力+テクノロジーでクライアントに貢献したいという想いが、大内を起業家への道へと駆り立てた。 25歳で独立を決意。まずは個人事業主からスタートし、3年間で1000万円を貯めて会社を設立する計画を立てた。専門学校時代の同級生と転職先の会社の同僚が大内の夢に賛同してくれた。3人で貯金をコツコツと積み重ね、計画通り3年後には法人化を実現。創業メンバーになってくれた2人の仲間は、今でも同社で大内を力強く支えている。 意気揚々とスタートを切ったが、会社を続けていく中で幾度となくピンチもあった。「元請けの仕事をしたい」といっても、設立したばかりの会社に直で発注してくれる企業はそうそうない。やむをえず目の前にある4次請けの開発案件に飛びついた。自分たちでスケジュールをコントロールすることができない立場で、仕事はなかなか終わらず、自身も社員も徹夜続き。1ヵ月ほど会社で寝泊まりをすることもあった。社員が疲弊していく姿を間近で見て、絶対に下請けの仕事はやめようと大内は決意した。 「当時はインターネットが急速に普及しつつある中、Webやモバイルサービスの可能性を目の当たりにし、『Webやモバイルをうまく使えば何でもできる』という思いを抱いた。私たちのような少人数の会社でも下請けの開発案件に頼らずに、自分たちの製品やサービスを生み出し勝負できる時代だと確信し、実行に移してきたんです」
今後の展望は?
創業から18年。90名超(正社員70名、パートナー20名)のエンジニアを抱えるまでに成長したが、「まだまだやれる」という想いが大内にはある。28歳で会社を立ち上げ、現在45歳。50代が視野に入ってきた今、会社をさらに成長させたいという意欲が高まっている。 これまで、マーケティングも営業もエンジニア自身が行うのが同社の強みだった。しかし、俯瞰して考えてみるとそれは弱みでもあると気付く。マーケティングや営業の専門家がいれば、もっとスムーズに幅広くディマージシェアの存在を知ってもらえるのではないか――そう考え、マーケティング部門と営業部門を強化していくことにした。 「組織を変えていくことは、未知へのチャレンジです。今が大きくアクセルを踏むべき時。どうなっていくのだろうという不安感もありますが、ワクワク感のほうが強いですね」 さらに、自社のオリジナル製品を世界に広めるという野望もある。その一つの足がかりが、ベトナムのハノイ工科大学との関係だ。8年前からハノイ工科大学の学生を日本人社員と同様の待遇で迎えている。言葉の問題などを解消するのにある程度の時間はかかるが、良好な信頼関係が築けている。 IT業界では、人件費が安い国に拠点を設けたり外注したりして、低コストで開発を行うのも一般的だ。しかし大内は、そうした事業モデルには魅力を感じていない。 ハノイ工科大学とは縁あって2011年にスマートフォンのラボを大学内に開設し、そこからベトナム人スタッフの採用にもつながっている。スマートフォンのデバイスには国境がなく、特にデジタルマーケティングの世界は開発者が日本人である必要もない。世界の優秀な人材とネットワークを組んで開発をすることが、ディマージシェアにとってはメリットだと考えている。 「ベトナムのスタッフはとても優秀ですし、意識も高い。日本の社員にもよい刺激になっています。ゆくゆくは、交換留学のような形で日本からベトナムに社員を送り込みたいと考えています。その先駆けとして、入社1年目の日本人社員がベトナム法人の案件を担当し、現地オフィスに単身出張しています。現地に行ってみないとわからない温度感をぜひ感じてほしいですね。社員たちにグローバル感覚を養うチャンスを提供したいと思います」 組織の体制を強化し、数年後には株式公開も目指す。 「株式上場は一つのロマンですね。先輩たちの見よう見まねで起業して18年。私にとっては達成感を得られる機会になるでしょう。それに、SIは世間一般には認知されにくい業界です。上場することで、ディマージシェアという会社の知名度をもっと上げていきたい。それによって社員たちが『自分が選んだ会社は間違っていなかった』と誇りを持てればいいな、と思います。これから参加してくれる仲間たちのためにも、50年、100年と続く会社を作っていきます」