ご略歴をお教えください。
福島県出身で、仙台のデザイン専門学校で学びました。97年に卒業後、20歳で上京し、とりあえずといった感じでDTPの会社に就職します。しかしその会社はさほどデザインに強くなく、自分はあくまでもデザイナーを志していたので、その後先輩に誘われたのを機にデザイン会社に転職しました。 その会社が2000年代の始めにCATVを導入し、インターネットに常時接続する環境をつくったのです。もちろん、Webデザインには非常に関心が高まっていたので、まだグラフィックが中心だった自分の仕事を17時頃に終えた後、夜中まで自分のホームページをつくるなどしてひたすらさわり続けました。そのうち会社が「マルチメディア部」を設けて先端的なデザイン業務を始めると、僕も志願して加わらせてもらったのです。そこでは、当時出始めていたFlashやDreamweaverを独学で使い倒しながら、Webデザインの経験を重ねました。 しかし、なにぶん独学だったので、自分のつくったものが世の中に通用するのか心配になります。そこで、Webサイト構築だけを手がけるちゃんとした会社を経験しようと、この世界では老舗の有名企業に入社しました。そこでは大手広告代理店から受託するキャンペーンサイトの構築などを手がけ、さらに別のプロモーション系を主体とするWeb制作会社を経て、2007年に独立しアーキタイプを設立しました。
齋藤さんの仕事観をお聞かせください。
生きて行く上で、人に必要とされることが嬉しくて、仕事のやりがいもそこに感じています。専門学校時代から自分はアーティスト気質が皆無というタイプでした。ですから、自由課題が出されると頭を抱えてしまったのです。一方、何かの課題が設定されると、俄然制作意欲が湧きました。それ以来、ずっとそんな感じです。 ですから、当社を創業した際に“元型”という意味を持つ「アーキタイプ」という言葉を社名にしたのも、当社の制作物で有名になりたいわけではなく、自分の母親が便利に使っているアプリが実は当社がつくったものだった、といったように、誰かの役に立つスタンダードをつくりたいとの思いからのことです。そんな仕事観が自分のベースにありますね。
社員に対して、どういった存在になってほしいかの思いをお聞かせください。
当社で長く一緒に働きたいという思いは強くあるものの、社員の人生は社員のものです。私も3度の転職と独立を経験しましたが、社員が当社を辞めることもあるでしょう。その際は、どこに行っても通用するような人材でいてほしいと思います。そのために、社員が成長できるよう会社の持つノウハウを教えるなど全力でフォローします。 本音をいえば、そうやって成長したら、当社で引き続きクオリティを磨きながら次の世代の育成に取り組んでほしいと願っています。 当社が運営する「アーキタイプアカデミー」は、主に未経験からWebデザイナーやWebエンジニアを目指す若手をプロフェッショナルに育成する取り組みです。即戦力の経験者だけを採用する少数精鋭の会社が多い中、こうしたことを行わないと、この業界の未来はないとの思いがあります。ぜひ、アカデミーで教える側に立って、当社を“登竜門”にする試みに協力してほしいですね。
オフタイムは、どういった過ごし方をしているのでしょうか?
週1回、草サッカーチームで汗を流しています。ポジションはフォワードです。 30歳を過ぎた頃、運動不足を感じ、知人の会社のフットサルチームに誘われて始めました。学生時代から体を動かすほうだったので、フットサルも全然できるだろうと高を括っていたら、全然動けませんでした。悔しくなって続けるうちにハマり、36歳の頃に今のサッカーチームに加わった、という次第です。 そのほか、毎朝出勤前に筋トレをしています。ラジオ体操の後、バーピージャンプや腹筋、スクワットをたっぷり40分ほど。よほどベロベロに酔っぱらった時はやりませんが(笑)、それ以外は必ずやっています。それでも、腹筋はなかなか割れませんが(笑)。
読者へのメッセージをお願いします。
1人目の社員である、現執行役員を口説いた時と言いたい本質は変わっていません。当社はIT業界とすれば創業から13年経ったのでスタートアップではないかもしれませんが、まだまだ若くベンチャースピリッツは忘れたくないと思っています。しっかりした大手に比べれば整っていないところはたくさんあるでしょう。けれども、新しいメンバーを次々に迎え、環境を少しずつ整えていくことを楽しめるような会社にしたいと思っています。まだ25名の規模だからこそ、やりたいことがあれば好きなだけチャレンジできる自由な風土と、私が大嫌いな社内政治には無縁の風通しのよさがあると自負しています。ぜひ一緒にやりましょう!